気持ちがふっと軽くなる…星野源が語った心に響く言葉の数々

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◆その星野源がラジオで語った発言が話題に

自分に自信がないというリスナーから「どうして源さんは、そんなに明るくて何事にも一生懸命でいられるんですか?」という質問が寄せられました。

その質問に対し

かっこ良いとかさ、自分に自信を持ったりとかさ、いい感じになるにはもうほんとそうだなって、突き詰めたところまで行くと中身を良くしていくしかないんすよね

あの人みたいになりたいとか思うんだけど、それをやるには自分がかっこいいと思うことをするしかなくて。

あと、かっこ悪いことをしないってことしかないんですよ。自分がこれやったらかっこ悪いな、でもやりたくなっちゃうな、って事を頑張ってやらないっていう。

顔が変わってくるんですよ、人って。人の顔って、かっこ良くはなれないんだけど、中身が変わることによってその人が変わるでしょ。で、その人が変わると、ブサイクだとしてもブサイクの顔が良いっていう認識にみんななるわけです。

その人の顔は良い顔っていうことになる。かっこよくなるわけ、その顔が。造形は変わってないんだけど。そうなると、良い人が周りに増えていって、自然と自分に自信がもてると思います。周りに素敵な人がいるっていう

今は「素敵な人ばっかりなんですよ、オレの周りは」と、真摯に語る星野であった。

▽星野源の独特の視点で綴られる名言

子供の頃チャリティ番組を観てて、「世界はひとつ」って言われたときに、ものすごく違和感があったんです。何故そう感じるのかなのか自分でもよくわからなくって、ずっと考えてたんですね。で、「ひとつになる」っていうことが、そもそも違うんじゃないかなと思ったんです。

僕、芝居も文章も下手だったんです。でもすごく好きでやりたいものってあるじゃないですか。最初から何でもできる人なんていないから、『出来ないからこそやらなきゃだめじゃん!』って思って。だから役者も文章も、一人で勝手に続けていたんですよ。

「欲深いっていうのを自分で認めるようになってから、何かが前向きに行き始めたような気がします。」

「今まであった苦しみは全部自分の欲から生まれてきていると。”これやりたい”けどできないから辛いとか。”もっとかっこいい顔になりたい”けどなれないみたいな。」

僕は、虚構とか妄想が好きなんで、どう生活の中で現実との折り合いを付けていくかっていつも考えてるんです。

どうにか、夢の中とか、虚構の中にいる気になるその子をこっちに連れて来れないかなって。そういう気持ちを歌った曲なんです。夢ばかり見てないでこっちに戻って来いじゃなくて、夢を連れてこっちに戻って来い。そういう歌にできたらなって。

◆「死」の危機に瀕したことで得たもの

手術前に担当医は本人に「絶対に助かります」と力強く宣言したが、周囲の人には「後遺症の可能性も含め、全快の可能性は低い」と言っていたというから、重篤な状態だった

しかし、彼は生きることは、死ぬよりずっと苦しいことに気づく。

死ぬことよりも、生きようとすることの方が圧倒的に苦しいんだ。生きること自体が、苦痛と苦悩にまみれたけもの道を強制的に歩く行為なのだ。だから死は、一生懸命に生きた人に与えられるご褒美なんじゃないか。

そのタイミングは他人に決められるべきではない。寂しさはともだちである、絶望はたまに逢う親友である。楽しい地獄だ。地獄はここから。

過酷な入院生活で、私は大人になった。
仕事が中心の生活ではなく、己が中心の生活に変わった。

サボりたい、遊びたい、働きたくないとボヤきながら、実は今も自分は忙しく働いている。しかし前とは比べ物にならないほど、心は落ち着き、楽しく、幸福であり、仕事も充実している。

ワーカーホリックという言葉がありますが、やりたいことを一生懸命やることは、果たして病気なのでしょうか。これを一生やり通せるなら、僕は喜んで病人になる。

寂しすぎるって言って死んでも、死んだ後も寂しいんじゃないかと。だったら今頑張ろうかな。

「人生、1回だな」ってすごく思うんです、最近。楽しまなくちゃ損だぞって屈託なく思えるようになった。

人に迷惑がかからないことであれば、どんどんやったほうがいいなって。だって、もうすぐ死ぬぜ、っていう。どんなにうまくいっても、あと何十年で死んで、無になるぜって。だから、これからもいろいろやりたいです。

mig

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