「失敗」と書いて「成長」と読む。野村克也が残した言葉

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(1)

人生の最大の敵、

それは鈍感である。

(2)

勝ちに不思議の勝ちあり、

負けに不思議の負けなし。

(3)

負けるときというのは、

負けるべくして負けるものです。

(4)

勝負の世界にいると、

勝って反省というのはできないが、

負けたときには反省する。

敗戦の中にいい教訓があると思います。

(5)

一瞬のやる気なら誰でも持てる。

けれども、

持続性のあるやる気は、

深く認識したものだけに宿るのである。

(6)

好かれなくてもいいから、

信頼はされなければならない。

嫌われることを恐れている人に、

真のリーダーシップは取れない。

(7)

先入観は悪である。

(8)

人間は、恥ずかしさ

という思いに比例して

進歩するものだ。

(9)

「失敗」

と書いて

「成長」と読む。

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(10)

水は

方円の器に随(したが)う。

(11)

今の選手はあまり努力をしない。

彼らは憧れだった

プロ選手になったことで

満足してしまっているんです。

本当はようやく出発点に

立ったに過ぎないというのに、

そこがゴールと勘違いしてる。

(12)

ちっぽけなプライドこそ、

その選手の成長を妨げる。

(13)

私自身のバッターとしての才能は、

はっきりいって二流でした。

打率でいえば、いいとこ2割5分です。

けれども、

戦後初の三冠王をはじめとして

残した結果は一流だと自負しています。

何故そんなことができたかというと、

人の何倍も努力したからです。

(14)

私が南海で四番を打っていたとき、

巨人から移籍してきた

相羽欣厚という選手がこう言っていました。

「ON(王・長嶋)は

練習でも一切手を抜かない。

球界を代表するあの二人が

あれほど練習しているのです。

自分達だってやらないわけにはいきませんよ」。

それを聞いて当時の私は、

身が引き締まる思いがしました。

(15)

上手くいっているときは、

周りに人がたくさん集まる。

だが、一番大切なのは、

どん底のとき、

誰が傍にいてくれたかや。

野村克也(のむら かつや、1935年〈昭和10年〉6月29日 ‐ 2020年〈令和2年〉2月11日)、プロ野球選手(捕手)・コーチ・監督、野球解説者・野球評論家。後妻に野村沙知代。愛称は「ノム」(ノムやん・ノムさん)「ムース」。選手としては、史上2人目・パ・リーグ初の三冠王達成(世界のプロ野球史上初の捕手による三冠王)、選手出場試合数歴代2位、監督出場試合数歴代3位、通算本塁打数歴代2位、通算安打数歴代2位、通算打点数歴代2位、通算塁打数歴代2位、通算打席数1位(11970打席)、通算打数1位(10472打数)、通算犠飛数歴代1位(113犠飛)、通算併殺打1位(378併殺打)、最多記録となるベストナインを19回受賞、パリーグ最多記録となる本塁打王を9回獲得、打点王を7回獲得、パリーグ最多記録となる最優秀選手を5回受賞などの記録を持つ。監督としては1565勝1563敗を記録。このうち「平成」(1989年1月8日 – 2019年4月30日)期間の勝利数1053は同時代における最多記録。1563敗は歴代最多記録。プロ野球では南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督を歴任したほか、日本体育大学客員教授なども務めた。晩年の所属事務所はエフエンタープライズで、継子の団野村が運営するKDNスポーツジャパンがマネジメント代行を行っていた。元東北楽天ゴールデンイーグルス名誉監督(2012年まで)。


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