女神は必ず微笑む!冨永愛の言葉

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今、スタートラインに立っている最中です。ここからどうやって息子と向き合って生きていくのか見つけます

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自叙伝は息子のために書いたものです。お母さんがどういう人間でどういう生き方をしてきたのかちゃんと伝えたいのです

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「アジア人には黒しか似合わない」って言われたこともありました。ものすごく屈辱でした

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今まで関わって下さった多くの方へ、そして自分を産んでくれた父と母への感謝が生まれました。自分がどれだけ寂しい思いをしても一生懸命育ててくれた母には愛がありました

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この1年間仕事を減らして、息子が朝学校に行くときは「いってらっしゃい」、学校から帰って来たら「おかえりなさい」、お稽古の空手から帰ってきたら自分の手料理を食べさせてあげて「おやすみ」と言える母親になりたいと

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モデルを一生懸命やってこれたエネルギーは“怒り”だったということに気が付いたんです。自分に対するコンプレックスやアジア人の偏見に対する怒り…、その怒りのエネルギーがあったからこそコレクションモデルとして10年間やってこれた

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モデルという職業は、撮影現場ではカメラマンの、コレクションではデザイナーのイメージに埋没していく“カメレオン”でなくてはいけないと思っていました。だから、冨永愛であって冨永愛じゃない。ファッション業界で成長させてもらえた部分もありますが、私自身が感じていた矛盾もたくさんありましたね

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モデルの道で、「ここで生きていくしかない」と思ったのに、海外に行ったら、アジア人として差別や偏見。モデルの表現の中に果たして自分が存在しているのか。自分という生き物がわからなくなってしまったのです

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過労が原因だったと思うのですが、昨年、原因不明の高熱が1週間以上続き入院したときに、自分の生き方や考え方、仕事と子育ての両立を見直そうと思いました

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世界中のお母さん達へ、毎日お疲れ様!貴方の愛情があればこそ、子供は育つのですね。私も奮闘中です。正しいのか間違っているのか、悩みながら子育てしていく事に、意味があるのでしょう

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さあ、行こう!前に進め!!自分に気合いを入れると、結構効くもんだ

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私にとって、子供というのは(ファッションという非現実的な世界から)現実に引き戻してくれる、『日常への回帰』ですね。私が母親だからというのがあるのかもしれませんが

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ファッションというのは非現実的な世界。昔、飲まず食わずで頑張っていた時代、パリでの移動中、ふと、公園で遊ぶ子供たちを見たときに印象的なものがあった

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ずっと、山口小夜子さんの“モデルはカメレオンでなければならない”という言葉を大事に活動してきた。彼女と同じ賞を頂けて本当に光栄です

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頭がぐちゃぐちゃになっていて、でも自分の生き方が間違っていたことに気付きました

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