卓球少女、福原愛の言葉 part2

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10歳ごろまでそのコーチの出身地、天津に毎年のように行って練習した

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兄の卓球のコーチが中国の人で、わたしも3歳で卓球を始めたころに見てもらった

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丁寧選手に初めて勝てたので、うれしいけど、チームが負けてしまったので…。悔しい気持ちが大きい

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しかし(今は)佳純ちゃんも逆にどんどん出てきたほしいと思うようになりました。怖い、という気持ちより、ちゃんとした壁になりたい、といけないという思いです

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焦りは全くないといったらウソになります。いつか『必要ない』って言われたらどうしよう、って恐怖があった

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(アジア大会出場は何回目ですか?)4回目…になったでしょうか。チームには私より一回りも若い選手もいて、『おばさん』って呼ばれてしまうくらいになりました

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アテネのときに感じた“メダルとの距離”を意識し過ぎてしまったのかな、という大会でした

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まずオリンピックに出ることができたということだけでうれしくなってしまって…もちろんメダルを獲得したいって思ったんですが、実際にメダルとの距離をすごく感じた大会でした。メダルを獲るのは本当に難しいんだと、実感しました

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7歳なのですごく漠然とした夢でしたが、“いつかここで試合がしたいな”って思うことができて、いい経験をさせていただいたんです

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実際に試合の応援をして、そこで初めて、“オリンピックってこういう場所なんだ”と…

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同じ思いをしたくないということと、気持ちで負けたくないという思いをぶつけました

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褒めていただいたのに、私が相手を知らないのは失礼

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私は昨日のシンガポール戦の第4試合で負けました。とてもつらくて、残念でした。だから、中国チームとの対戦では悔いの残らないようにプレーしたかったんです

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一度も丁寧選手に勝ったことがなかったので、興奮しました。私たちが1-0でリードしたとき、中国チームはプレッシャーを感じると思ったのですが、彼女たちの実力はやはりすごかったです

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はっきり意見を言うこと。これを学びました

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