私は、こう見えてもバカですよ。志村けんの言葉 part2

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(1)

笑いというのは、切羽詰まった時に生まれるものだ

(2)

お笑いみたいなものでも、常識を知らないと本当のツボというものがわからない。常識は基本線で、お笑いはその常識という基本線をひっくり返すところで、コントとして成り立っている。だから、笑えるワケよ。お笑いに限らず、常識をバカにする奴に、常識を超えたことは絶対に出来ない

(3)

テレビでも、あまりに普通の人が普通のことをやりすぎている。そんなのはおもしろくない。変わった人、珍しい人、平凡な人、少し狂気のようなものを感じる人。それを見たいから世間の人はテレビや舞台を見る。芸人はもともと変わってるんだ。僕たちはそれでいいんだ

(4)

やっぱり子供たちにバカだと思われているのはいい。お笑いをやってて、子供にまで「あれは芝居してるんだよ」なんて言われたら、みっともない。バカだと思われてるってことは、そう「見える」ってことだから、演じてる者にとっては一番うれしい誉め言葉だ

(5)

僕は芝居を「演じている」と見られるのが一番嫌いだ。オーバーな演技やクサい芝居をしていると「そんな奴はいねえだろ」となってしまう。「いるいる、こんな奴が」と思ってもらいたい。「らしく見える」のが一番大事だ

(6)

なんでもそうだけど、ずっと続けているとうまくなる。うまくなると、またおもしろくなってきて、さらに一生懸命やろうという気になってくる。そうやって、一人前になっていくんだと思う

(7)

よくマンネリと言われたけど、僕は笑いにはマンネリは絶対に必要だと思う。お客さんにすれば、「たぶんこうするよ、ほらやった」と自分も一緒になって喜ぶ笑いと、「意表を突かれた、そう来たか」とびっくりする笑いの2種類あると思う。全部意表を突かれてしまうと、お客さんも見ていて疲れてしまうだろう

(8)

みんなと同じだったら、一番楽だろう。不安もなくなる。でも、その代わり個性もないってことになる。あいつは変わってる、と言われるのは光栄なことだ。1回きりしかない人生なんだから、自分の好きなように、自分に正直に生きようよ

(9)

自分の一生なんだから、自分が好きなことを思い切りやればいいと思う。売れるか売れないか、先のことは誰にもわからないけど、自分が納得いくまでやれば、それでいいんじゃないか

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最初から全力でいかない奴は、その時点で先がない

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仕事に限らず何でもそうだけど、「おれ、頑張りました」ってところが見えてしまうようではまずい。頑張ったとか、努力したということを、ことさら強調する奴がいるけど、それって手品で、すぐさまタネあかしをしてしまうのと同じじゃないのか。いとも簡単にやっているようで、実はその裏で血のにじむような努力と完璧な準備があるからこそ、金を取れるモノになるわけなんだから

(12)

なんの仕事にしてもそうだと思うけど、本当に嫌だったら辞めればいい。でも、辞めないってことは、自分が好きで選んだ道だということだし、やり遂げる責任も負うことになる。だから、少々嫌なことやつらいことがあっても、それは自分が我慢すればいいことじゃないかな

(13)

いちばん頭のオレが当たり前のことをキチンとやることで、現場にいい意味での緊張感が生まれてくる

(14)

ムダなことでもなんでも知ってた方がいい。知らないと損をすることはあっても、知ってて損することはないから

(15)

人になにかを伝えたいならウソをついちゃいけない

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