盲目のピアニスト、辻井伸行の言葉 part2

スポンサーリンク

(1)

初めて挑戦した国際コンクールは、17歳になったばかりのときのショパン・コンクール。ショパンの母国でショパンを弾きたい、という一心からでした

(2)

ショパンは自分にとって生涯をかけて取り組みたい作曲家の一人です。華麗なテクニックと、ロマンティックで美しい音楽が大好きです

(3)

弾きたい曲、勉強しなくてはいけない曲がまだまだたくさんありますし、作品への理解をより深めていかなくてはなりません

(4)

短い生涯で素晴らしい音楽をあんなにたくさん書いたモーツァルトは、本当に天才だと思います。どんなふうに演奏して作曲したのか、タイムマシンができたら、その仕事ぶりを見てみたいです

(5)

勉強には終わりがない

(6)

思い出に残っているコンサートはたくさんありますが、一つだけと言われたら、2011年11月10日のカーネギーホールです。音楽の殿堂というだけあって特別な雰囲気を感じましたし、本番前は自分でも驚くほど気持ちが高ぶってしまい、本番の30分前くらいからすぐにでも舞台に行って弾き始めたい、我慢できない!という気持ちになりました

(7)

コンクールに出たときも、好きなピアノをたくさんの人に聴いてもらえることが嬉しくて、ほかの人と競うとか、自分が審査されるとか、そういうことは考えませんでした

(8)

ピアノを始めた理由は、弾くのが好きだったからだと思います。両親は音楽家ではなかったし、ピアノの練習を強制したりしませんでした。むしろ、僕がご飯も食べずにピアノを弾き続けるので、やめさせるのに苦労したそうです

(9)

4歳からピアノの先生に来ていただくようになりましたが、練習曲は全くやってなくて、ドビュッシーでもクレイダーマンでも、好きなものを弾かせてもらいました

(10)

2歳のときのクリスマスに、母の歌う「ジングル・ベル」に合わせておもちゃのピアノを弾き始めたそうです

(11)

今でも自然の中で過ごしたり、鳥の声や川のせせらぎといった自然の音を聞くのが好きなのは、子どもの頃に自然に触れる機会を作ってくれたおかげだと思っています

(12)

母は、目が見えなくても普通の子どもたちと同じように楽しんで欲しいと、スキーや花火大会にも連れて行ってくれましたし、学校では山登りなども楽しみました

(13)

(もし目が見えたら最初に見たいものは?)お母さんの顔が見たいです

(14)

フィギュアの浅田真央さんが好きです。前半に失敗しても後半で必ず持ち直してくるからです

(15)

父と神田川のほとりを散歩しました。その時に聞こえてきた川のせせらぎ 家に帰ってメロディにしたのが作曲一号

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存