演ずるって、紙一重で恥ずかしいんですよ。小日向文世の言葉

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健康でいたい。健康を維持しながら、こないだ亡くなった平幹二朗さんのように、ぎりぎりまで現役を続けたい。死ぬ時はぽっとね。それが最高の夢ですよね。

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結局は、自分が自分を納得させなくてはいけない。僕も、役がつかみきれないとき、仲間や演出家がいくら手を差し伸べてくれても、自分が納得できないと演じられません。

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現場に行ったときにセリフが頭に入っている状態にするのは、僕の最低限の仕事だと思っています。それだけは、どんなことがあってもサボりません。

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映画の場合は「もうワンテイク」とやり直すことができるけど、舞台は役者がなんとかするしかない。そのシビアな緊張感が面白い。

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演ずるって、紙一重で恥ずかしいんですよ。人前で、突然、狂喜乱舞するとか。でも、それを、一線を越えて、エイッとやっちゃう時に、やっぱり視聴者、あるいは芝居を見に来たお客さんに、なるほどと思わせるそのエネルギーを、やっぱり躊躇せずに、出していかなきゃいけない。

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世の中に「あ、この人」と思われたのが「HERO」で47歳ですから、そういう意味では遅咲きなんでしょうね。でも、僕はずっと芝居に携わってきた。食えるか食えないかは別ですよ。

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舞台だと、早ければ一年くらい前から台本をもらって、セリフを覚えることもあります。同時にいくつもの作品のセリフを覚える状態が続いて大変ではありますが、そうしないと安心して現場に行けませんから。

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劇団時代は、日々、サバイバルのような貧乏生活でしたからね。お金がないことに恐怖は感じませんでした。暇なときは家族4人で公園に行ったりして、充実していましたよ。事務所に前借りしたお金は、「これから仕事が来るから、仕事をしながら返せばいい」と思っていました。女房もそう思ってくれていたんでしょう。

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僕は趣味がないんです。仕事がなければ家にいて、次の仕事の台本を読んでいます。常に台本があることで精神的に安定するんですよ。毎日、家に帰るとセリフを頭に入れる作業が、何年も続いていますね。

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劇団にいた頃はゆったりと構えていたのに、最近は神経質になっていて。「セリフを忘れたら……」「舞台に立ち尽くしたらどうしよう」という恐怖があるんですよ。いまのうちにたくさんナーバスになっておいて、本番は楽しみたいと思っています。

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僕は基本的に出歩くのが好きじゃないので、毎日を家で楽しく過ごしています。何も枷(かせ)をつくらずにいるんです。たとえば、食事はお腹が空いたなと思えば食べる。普段仕事に追われているからこそ、休みのそんな時間が新鮮に感じられる。

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劇団を解散したときに貯金はゼロでした。焦りは不思議となかったですね。最初は仕事がすぐ来ると思ってたんですよ。しかし来ない。考えてみれば映像の世界では無名ですから。でも、ある程度知られていけば仕事は来るだろうなと。とにかく仕事を一つ一つこなしていけば、きっと回り始めるだろうなと勝手に思ってましたね。やっぱり自分が23歳から42歳まで19年間、劇団で、役者というものの土台をしっかり作ってもらって。それはそれなりに自信があったというか、これでやっていけるというものが培われたと思ってましたから。だから、きっと仕事が来れば、やる自信はあると。

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僕は人よりも緊張しいなんですよね。ミスしたくないという思いがすごく強くて、できるだけ完璧なものを目指す。「いいじゃん、生だからそこでのアクシデントもお客さんには新鮮かもしれない」というふうにはなかなか思えない。吐き気がするほどセリフを繰り返し自分の中に入れ込む。どんなことがあっても、セリフが、例えばテレビ見てるとか別のことしていても、ダーッとセリフが出るように、というくらいにしないといけないと思ってましたね。

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人の記憶に残る役者として演じ続けたい。

主役でも脇役でも、たとえワンポイントの役でも、

忘れられない印象を残し精いっぱいやりたい。

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たとえセリフがしゃべれなくても、

ボーっと立っているだけで、

雰囲気のあるおじいちゃんをやりたいな。

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