正解なんて知らない。できることをやるしかない。サンドウィッチマンの言葉

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(1)

我々は生きているから何でも出来る。これからも、出来る事をしっかりやって行こう。あの日、亡くなった沢山の方々の為にも。

(2)

今だから言えることですが、僕らのお笑いネタの中には“死ぬ”という単語が結構出ていた。それをやめましたね。簡単に出せない言葉だなと。あまりコンビの間で出したくないなと思った。

(3)

友達とかと“今度メシ食いに行こうね”って、いつ行くか分からない約束するじゃないですか。そういう約束は必ず会うようになりました。

(4)

地元の人たちはこの日を迎えると、顔つきが違います。今年も来たなと…。午後2時46分に追悼サイレンが鳴るのですが、あの日の“避難してください”というサイレンと似ているんですよね。あのときの景色、においを思い出すんです。

(5)

無事で生きている限り前へ進まなければならない。そうしないと、亡くなった方々に失礼だから。

(6)

改めて、これからも我々サンドウィッチマンは自分達らしく、被災地の現状を伝えていく役割をしていきます。

(7)

僕らはサンドウィッチマンとしての伝え方を考え、それをこれからも貫くだけ。

(8)

考えて考えてよかれとやったことも間違ってるかもしれない。
でもわからない。
正解なんて知らない。
だからできることをやるしかない。

(9)

『多大な被害を受けた南三陸町。15mの津波が襲った。助かった方々はスピーカーから流れるアナウンス警告があったからだと言う。その声は波に呑まれる直前まで続いたそう。
声の主の彼女は23歳。
9月に挙式予定だったって。生まれ育った町の人々を救うために彼女は警告を叫び続けた。自らが波に呑まれるまで…。』

彼女の様な正義感の強い方が、今回の震災で沢山亡くなった。

我々は生きています。
彼女達の分まで力強く生きる事を誓います。

(10)

大自然の猛威の前に俺たち人間は勝つことができない敗者かもしれない。でも、俺たちが力を合わせればいくらでも復活できるんだというとこを見せなきゃいけない。

(11)

言い訳もしないで、できる限りのことを実行してる人を俺は尊敬する。

(12)

完全な復興までは少なくとも15年はかかるでしょう。皆が忘れない様にテレビやラジオを通じて発信をして欲しいと知事から言われました。その為にも、この先厳しい芸能界で生き残り、本業の『笑い』を追求して行きたいと思いました。

(13)

地元があんな被害を受けて、たまたま海沿いで被災して、身内や友達を何人も亡くすという経験をしてしまった。あのときあそこにいた人間として何かしたい。

(14)

メディアのせいもあるけれど、震災5年のときに世間が一区切りっていう雰囲気をつくっちゃった。でも地元の人で区切りたいと思っいてる人は誰もいなかった。あれはすごくよくないこと。

(15)

東北人の芯からの強さを世界に見せてやろう!!

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