ジブリ映画「火垂るの墓」 高畑勲監督の言葉

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(1)

僕はもともと、宮崎駿さんをはじめ、多くのアニメーション仲間とは、仕事ではない場面で話すことで仲良くなっていきました。
読んだ本のことであれ、世の中のことであれ、様々なことを折に触れて話し合っている中で、それぞれの人の考えというのは、ちゃんと伝わってきますから。

お互いの目指していることを確認できているからこそ、仕事のアンサンブルも組むことができると思います。

(2)

日本文化の面白さや優れた点を知ると、おそらく放っておいても日本を愛するようになるはずです。
破壊されてゴミ溜めのようになってしまった日本から脱出して、美しいヨーロッパをファンタジーのように味わいに旅行に出かける、などというのではなくて、ね。

(3)

癒やし、という言葉が嫌いです。
病気になる前の状態に回復するのを繰り返すだけで、その先には進まない。
自分の快不快だけに関心があり、他者の存在が感じられない。

(4)

小泉首相が“感動した”と言っても、それは何も表現していないことと同じでしょう。
にもかかわらず、その言葉が人々に訴えかけるのは、日本人は心が大好きな国民だからだと思うんです。
日本人は、どうも感情だけが問題になるんですね。
これがフランスだと違うんです。
前に僕の作品をフランスの子供たちに観てもらって、感想を聞きましょうとなったらね、これが感想じゃないんです。
皆、自分がどれだけこの映画を把握したかを語るんです。
そこで、気がつきました。
日本ではこういう場合、読書感想文という言葉がそれをよく表しているけれど、何を感じたか、感動したかを問うている。
でも感動というのは、あっという間に雲散霧消してしまう感情を表現しているだけですよね。
知的、理性的に何かを掴んだかどうかはあまり問われないんです。

(5)

与えられた仕事がつまらないとか、「教育してくれない」とか「自分の才能を生かしてくれない」などと、会社が自分のほうを向いてくれないことにただ不満をつのらせるだけではどうにもなりません。
そんなヒマがあったら、その間に自分でおぼえられるものは、みんなおぼえようとすればいい。

責任のない状態だからこそ、ラクにふるまえるというか。
雑用をしながら、どんどん見たり聞いたり質問したり考えたり、自分のためにその無責任な立場を役立てたほうがいいと思います。

(6)

みんなが、他人のことも自分のことも、まずは客観的に突き放して見る立場を確保しないといけないんじゃないだろうか、ということは、ずっと考えているんです。
そうでなければ「笑い」もありえないし。

(7)

僕は「面白いことができそうだ」というのが好きなんです。
自分が今いる会社をなんとかしたいとか、団結をしたいとかいうことよりは、「面白い作品を作りたい」という気持ちの方が先にきています。

(8)

家族も、ことあるごとに、つまらんことで大騒動しますけれど、大騒動や失敗って、あとで思い出すと、たいてい面白いことですよね。
「待ち合わせをして、相手が来なくて腹を立ててしまい、ひどいことになってしまったけれど……」というような記憶だって、やっぱり、忘れられないもののはずです。

(9)

「楽しみにしていた遠足の途中で雨が降ってしまったらつまらなくなる」かどうかですが、雨でたいへんな目に遭ったことの方が、かえって印象に残ってしまう方が多いですよね。
あとから客観的に見れば、「それも、良かった事ではないですか?」ということです。

(10)

アニメーションという表現形態は、
もちろん、スラップスティックな笑いを提供する事もできるけれど、
ファンタジーも可能だし、深刻なテーマだって扱うことができるわけですよね。
アニメーションは、様々なものを扱える媒体なのです。

ただ、作るときは、
「アニメーションでなければ出せないものを、ちゃんと作品の中で出せるだろうか?
それができなければ、アニメーションでやる意味がないのではないだろうか?」

そういった問題意識が、大切なのだと思っています。

(11)

原作がある場合には、最初から
「この原作をどう脚本化するか」
なんていうことを考えはじめるのではなくて、
それ以前のところで、まずは
「独立したアニメーション作品として、意味のあるものになるだろうか?」
というところを、ちゃんと考えてゆくことが必要だと思っています。

(12)

「自分との比較」というのは、子供の頃から非常に大事なことなのではないか、と思っています。

他人と比較をすれば、どの時点でも、上はキリがないですよね。
ところが、自分が一歩前進できたかどうか……
結局は、なにかをやるときには、これが大事なんです。

これさえあれば、ほんとうは生きていけるのではないかとさえ思うんです。
「向上した」という実感と言いますか。

(13)

世の中なんて不完全なものだと思っていたほうが、その不完全さの中に「いいこと」をちゃんと見出すことができるようになるし、それを喜ぶことができるのではないでしょうか。
そしてむしろ着実に、一歩一歩その不完全さに挑戦して、少しはマシなものにしていくエネルギーも湧いてくるのではないでしょうか。

(14)

チームワークの礎として大事なことは、仕事の最中というよりは、むしろ、仕事が佳境に入る以前のことでしょう。
要するに、ひとつの仕事が本格的になる前に、すでに
「いざ修羅場だというときにも、おたがいに詳しく話し合わなくても仕事を進めていけて、 それが悪い結果にならないだろう」
ということが、ある程度、信じられなければいけないわけです。

お互いの信頼関係を、それまでにどうやって作るのか、ということなのです。
だから、チームの仕事に入る前のやりとり、これはとても重要だと思います。

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