円熟なんて、しないですよ。俳優 生瀬勝久の言葉

スポンサーリンク

(1)

中身は関係ないんです。自分のスタンスとして、基本的に作品は選びません。公演の製作側が僕のことを知ってくれていて、この作品をやってほしいと思っているわけですから。「生瀬にはこの役、無理じゃない?」と思われていたら、お話はない。

(2)

「あれだけの長ゼリフをよく覚えたね」という劇評は一番悲しい(笑)。

他に何か思わなかったのかねって。

(3)

人は生まれて死ぬんです。そこにおいて、どういう文化の中で、どういう社会の中で生きるか。どこで生まれてどういう文化でどうやって人生を全うするかということが人類のテーマであるような気がしています。その中で、演劇とか絵画とかスポーツとか歌とか、ある意味の余剰というか余白をどう楽しむか、ですよね。

(4)

ウチは子供が男の子なんですよ。まだ小学生ですけど、成人すれば親としてはやっぱり感慨深いでしょうし、それが女の子ならなおさらな気がします。かわいかったり、頼りなかったりした子供が1人の男となり、女となって旅立っていくのを送り出すのは、親にとって一番のドラマですよね。

(5)

たとえば家を建てたいなら、そこから逆算して今の自分にたどり着く。自分の実力に不足しているもの、建てるために必要なものを計算して努力すればいい。

(6)

僕は「これを“演じてもらいたい”」と言われたい。それが役者にとって一番うれしいことなんです。

(7)

面白い人がいたらずっと観察して、どうすればその人に見えるかを考えます。しゃべり方や特徴、印象がいい人であればなぜ印象がいいのか、失礼であればなぜ失礼なのかを見つけて、それをインプットする。だから、人と会えば会うだけ引き出しが増えていくんですよ。それはもう僕のクセですね。職業病です。

(8)

僕、電車に乗れないんですよ。この人はなぜこういう格好をしているのかとか、なぜそんなに下を向いているのかとか、気になり始めるときりがなくなってしまう。僕にとって電車は、情報が多すぎるんです。

(9)

若い人たちには体力も知力も筋力も全部ある。それはうらやましいですよね。そんなんじゃダメだよと思う時もありますけど、余計なお世話でしょうから。僕も若い時には調子に乗っていましたし。

ただ、将来どうなっていくかはそれぞれ次第だけど大変だよ、ということは言ってあげたい。

(10)

大学時代に就職活動をして、内定ももらっていたんですけど、両親の前で考えさせてくれって言ったんです。バイトしながらでも演劇をやりたくて。小劇場でしたから、お金にはならないし、一生の仕事になんてもっとなりえない。だから、学生時代のモラトリアムとしてやっていたんですけど、それを本職ではなくとも続けていたかった。それで、アウトロー…つまり決まっていた線路を変えた。全くビジョンのない方向へ自分を持っていたんです。それが僕の人生の一番の“事件”であり、ターニングポイントだと思いますね。

(11)

演じる役に理想を作らないからって、決して事前に何も準備をしないわけではありません。稽古場に入ってから、いろんな要望に応えられるように、表現方法はいくつか用意していきます。あとは、初稽古で第一声を出して、演出家の反応をうかがえばいい。

(12)

自分に必要なものを判断できないまま、漠然と目標を立てて、届かない、実現できないと混乱する人がいます。そもそも実力がなかったら目標を立てたらダメ。まず自分がどれだけの実力なのかを知る。そこから目標に対して、どんな努力が必要かを考える。

(13)

もし、できた、とか思ったとしたら、そのときは疑ったほうがいい(笑)。表現できた、とか思ってしまったら、それは危機的状況なのかもしれない。怖いですよ。それが正解だとか、すべて表現できた、なんて思うと。そうなると、もうバイブルになっちゃうんで。ちょっと、危ない。もうその先がなくなる。

(14)

やっぱり、両親ですよ。遺伝と環境で、いまの僕のすべてがあるので。この容姿、体力、両親のくれた環境、教え。そういうものがベースになってます。ポジティヴシンキングであったり、どこかだらしなかったり。そういうのも、全部親の責任(笑)、いや、親のおかげです。

(15)

円熟なんて、しないですよ。これからも信じられないような芝居をし続けたいですね。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存