感動したら即行動。孫正義の言葉

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「30年後になったときに、さて人間はなにをすればいいのか。人間にとっての仕事とはなにか。

今日の2時間というのは、みなさんにとっては案外重要な2時間だと思うんです。僕は毎日こういった話をしているわけではないんです。ここまで深く2時間みっちり話すのは久しぶりです。今日はラッキーだと思ってください。」

ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏といえば、いま日本でもっとも忙しい経営者として知られる。

そんな孫氏が、ソフトバンクグループが今春開催した新卒・中途入社希望者向けイベント『ソフトバンクキャリアLIVE』に登壇すると、集まった学生らを相手に2時間以上にわたってノンストップで語り続けた。

本人が言うように、孫氏がここまで長時間にわたってスピーチをするのは珍しい。

しかも、この日の孫氏は学生相手のスピーチとあってか、普段は明かさないようなところまで本音をつぎつぎと暴露。これまで多く語られていないみずからの半生まで赤裸々に語りながら、時に熱く、時に感情をあらわに、「君たちはこの人生でなにを成すのか」と問いかけていくスピーチは迫力に満ちあふれていた。

当日の様子を録音した貴重な講演録は、孫正義氏から就活生に向けた「君たちはどう生きるのか」。

そんな孫氏の「感動のスピーチ」を公開する。

君は人生でなにをなしたいのか

みなさん、こんにちわ、孫です。今日は、人生の限られた日数のなかで、同じ部屋で同じ空気を吸って、約2時間の時を共有します。せっかく来ていただいたわけですから、私も精一杯、私が何を考えてきたのか、ソフトバンクが何を考えているのか、情報革命とは何なのか、伝えたいと思います。

まず、集まっていただいたみなさんは、新卒として自分の将来を決める社会の第一歩を踏み出そうとしています。今日は初めて中途採用の皆さんにも集まっていただいております。その皆さんにとって、人生の転機、岐路に立っているということになるのかもしれません。

私も学生の時、卒業をしたら自分がどういう人生を過ごすのか、ずいぶん悩みました。悩んで悩んで悩み抜いた挙げ句に決めました。それがいまのソフトバンクであります。

その人の人生で一体何をなすのか。このことを考えることは、おそらく人生でいろんな質問があるなかで、自分自身にとって一番大切な質問ではないかと思います。ピアノを買いたい、家を建てたい、かっこいい車がほしい。いろいろな夢があると思います。

夢と志は違う

みなさん、夢という言葉と志という言葉、この似ている2つの言葉の定義の違いがわかる人は手を挙げて下さい。

5%ぐらいの人が手を挙げていますね。95%の人はなんとなくおぼろげながらに夢という言葉を聞き、志という言葉を聞いています。ピアノを買いたい、家を買いたい、車を買いたい、これらは夢の1つとして言えます。

しかし、それらのことが「私の志だ」と表現をする人はあまりいないですよね?

つまり、個人の欲望、個人の願望を満たすのが夢です。多くの人々の夢、多くの人々の願望、多くの人々が困っていることを助けてあげたい、こういったことを指すときは志と呼ぶんです。少なくとも、侍の心、武士の心と書いて、志という風に書きます。

私は自分の人生で何をなしたいかという場合、「志高く生きていきたい」と思うわけです。

つまり、自分の、個人の、1人のエゴを満たすような、そういう願望を満たすようなことではない。100万、1000万、億万の人々に、喜んでもらいたい。そういう風な人生を過ごすことができたらいいなと思います。座右の銘を時々聞かれます。1つだけ挙げるとすれば「志高く」と答えます。

涙があふれて止まらない

そんな孫氏の志は、「情報革命で人々を幸せにすること」。そう思うようになったきっかけは、アメリカでの大学生時代にあったと言う。

そもそも私は、どういうきっかけで人生の岐路に、思い至るようになったのか。まだ私がカリフォルニア大学バークレーの学生の頃です。当時のことはすごく良く覚えています。

道を歩いていて、そこには落ち葉がたくさんありました。そこで、車を降りて、『ポピュラーエレクトロニクス』という電子機器関連の雑誌をパラパラとめくっていたんです。そうしたら摩訶不思議な幾何学模様のような写真が1ページ紹介されていました。

「何だろう?」と、とっても不思議に思ったんです。そして、それを1ページめくってみると、指先の上にのったマイクロチップの写真が現れた。なんと、この小さなチップがコンピュータだというんです。

マイクロコンピュータが生まれたばかりの時だった。当時の私は、IBMなどの大型コンピュータのプログラミングを授業の一環として勉強していました。しかし、まさかどでかいコンピュータがこんな小さなワンチップに化けるなんて、当時はまったく思いもよりませんでした。

このことを知った瞬間、私は雑誌を握っていたんですけど、両手の指がジーンと痺れたんです。手足の指が全部痺れてジーンときた。

みなさんも映画、音楽、本に出会ったとき、感動のあまりにジーンと痺れることがありますよね。あの痺れる現象は、一瞬で血液が脳に集中するからだと思います。手足の毛細血管の血流が乏しくなった結果だと僕は勝手に思っています。

まさに、そのような状態で、涙があふれて止まらなくなったんですね。

立ちすくんでしまった。

ついに、マイクロコンピュータが人間の脳を超える。しかも、それがあらゆる人々の手に入る。大学や政府の大型コンピュータではなくて、一般の人々が扱えるほど安くなり、あらゆるところにあふれるようになる。それが人間の脳細胞の働きをいつか超えると予感したんです。

その人生を変えた写真はハサミで切り取って透明な下敷きに入れていた。

毎日持ち歩き、寝るときは枕の下に敷いてほうずりしながら寝ていた。リュックサックの中にも入れて、勉強するときもノートの下に敷いていた。もう毎日ことあるごとに見つめて、にこっとしていた。おそらくその姿を見ていた隣の人は気持ち悪いと思ってたんじゃないかな。それくらい感動して、半年間毎日抱いて寝ました。あんまり大事にしすぎてどこかになくなっちゃったんですけどね。

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感動したら即行動

マイクロコンピュータとの出会いの衝撃から、孫氏はさっそく行動に移す。ある画期的な製品を開発することになるのだが、それがソフトバンクの創業へとつながっていく。

ソフトバンクは福岡の小さな街のなかで生まれました。

そしてすぐに東京に本社を移しました。初年度で36億円くらい売り上げたんですよ。40年近く前、私が22~23歳ぐらいの時にソフトバンクを創業しました。初年度の売り上げで36~37億円、2年目で約100億円ぐらいの会社はいまでもあんまりないと思いますね。もっとも、初年度は日本に帰国してからソフトバンクを始めたわけですけど、創業する資金はどうしたのかと問われるならば、私が19歳の時まで遡ります。

みなさん、このなかで、電子辞書を使ったことのある人は手を挙げてください。ほぼ全員ですね。その1台目のマシーンを最初に発明したのは誰だか知っていますか? 私なんですね。

それまで世の中に電子辞書というものは存在していなかった。さきほどのマイクロチチップの写真に感動して、即行動をおこして、このマイクロコンピュータを使ったら何ができるかということを考えた。

マイクロコンピュータを使って、LEDのディスプレイをつけて、フルキーボードをつけて、アプリケーションとしては辞書の翻訳をつけた。19歳のときに、最初の電子辞書を発明し、特許も出願しました。

「僕のもとで働いてみませんか?」

試作機も作って、通っていた大学の教授と助教授を6人くらい雇いました。学生の僕が、自分の大学の教授に対して「僕のもとで働いてみませんか?」と誘って、プロジェクトチームを起こした。そして試作機を作ってその特許を取りました。教授たちには時給でお金を払いました。

最終的に余ったお金が1億7000万円。もうひとつ、コンピューターゲームのプロジェクトもやって、そちらも1億5000万円くらいでした。1年半で3億2000万円ほど稼いだ。それが、ソフトバンクの創業の資本金になったわけですね。

40年前の3億円っていうのは当時のお金ではなかなかのものですよ。ですから、僕は本当は、自分でモノを発明し、開発し、生産し、世に売っていくような人生を歩むこともできたんです。

当時思ったのは、自分の脳細胞の価値や範囲には限界があるんだと。

自分よりももっと賢い、自分よりも素晴らしいアイデアを持った人はたくさんいるはず。だから、自分のアイデアや作品1つに頼るよりも、世の中の多くの知恵のある人々、開発できる人々、彼らの力を全部集めて、その開発したプログラミングやデータなりを何千万人の人々に共有してもらう。

そういったプラットフォームを作ったほうが、自分の知恵がボトルネックになるよりは良いじゃないかと思った。そういうプラットフォームを作ろうということで、「ソフトのバンク」、ソフトバンクを起こしたわけなんです。まぁ、そういう自慢話はどうでも良いんですけど。でもちょっとだけ自慢したかった。せっかくたまにしか喋らないので、みなさんに自慢してみましたけども。

絶望にどう対処するか

創業して間もないソフトバンクの経営は絶好調。しかし、孫氏はその最中に大きな挫折に直面し、絶望するハメになる。

娘も2人生まれて幸せな生活がスタートし、意気揚々とした創業でした。

創業して2年目の時に、会社の健康診断をやったんですね。そしたら、引っかかったんです。即入院することになり、余命5年だと言われました。肝硬変の直前の慢性肝炎でした。

まあ、泣きましたね。本当に心の底から泣きました。病院のベッドで、一人でいると、やっぱりいろんなことを思うんですよね。

なんで俺なんだ、と。なんで俺がこの若さで肝臓を患うんだ、と。3年半は入退院を繰り返しました。怖くて悲しかった。絶望しました。

それなのに、病院を抜け出して毎週会社に行きました。会社の経営会議、役員会議ではどうしても決断しなければいけないテーマがいくつもあるわけです。創業して2年ですよ。

ですから、いろんな難題があり、意思決定しなければいけないことがいっぱいあった。病室を抜け出して会社に行くわけですけど、主治医の先生からこっぴどく叱られました。「孫くん、何をしているんだ? 自分で自分の命を縮めてどうするんだ? なんのために自分の命を縮めるような行為をしてでも会社にいくのか?」と聞かれました。

確かにそうですよね。自分で自分に問いまいした。お金のためか? 名誉のためか? なんのために病院を抜け出して、命を縮めてまで会社に行くんだろうと問いました。

何のための会社か

そうなると、欲しいものなんてなくなるんですよね。

毎日パジャマで過ごしているのでかっこいい服を着ようなんていう欲望は消え失せます。かっこいい車が欲しいなんてサラサラ思わない。家なんて、どうせ5年で死ぬんだからいらない。お金を稼いだって5年で死んじゃうんですよ。突然死ぬよりある意味つらいです。だって限られた人生で余命を宣告されるわけですからね。

そういう中でつくづく考えました。何のための人生か、何のための会社か。

その時に、私が心の底から思ったのは、見栄とか、格好とか、大義名分とか、社会的に形式張ったこと、そんなものはどうでもいいと。本音でいらないと思いましたね。では、自分は何があったら幸せかというと、生まれたばかりの娘や家族の笑顔をみること。もうそれだけで幸せだと思いました。そのためなら残りの人生を捧げたいと思いました。

ふと思ったのは、家族の笑顔だけでいいのかということ。一緒に創業した社員は家族同様なんです。彼らは自分の家族の延長線で、彼らの笑顔も見たい。じゃあ、彼らの笑顔だけで良いのか。

地位も金も名誉もいらない

初めて僕の言葉を信じてお客さんになってくれた大切な恩人がいるわけです。彼らはある意味、家族以上に大事な人かもしれない。あの人たちの笑顔もやっぱり見たい。

それだけで良いのかというと、あの人たちは会社を代表して付き合ってくれたわけで、その後ろには50人、100人、1000人の社員がいる。本当はその人たちの笑顔も見たいな。

けっこう僕は欲張りなんですね。

そう思ってみると、本当はそのお客さんだけではなくて、地球の裏側にいて一度も会ったことがないような、リンゴをかじりながら泥だらけになって遊んでいるニコッと笑う女の子のイメージも湧きました。

誰に感謝したら良いかわからない、ソフトバンクの名前すら知らない、でもニコッと笑って感謝してくれる女の子。そんなイメージを描くと、もう地位も、金も、名誉も何もいらないと思えた。

その女の子の笑顔を想像すると鳥肌が立ちましたね。それなら俺は生きてみたいと思ったわけですね。つまり、建前を抜いて、本音で最終的に思ったのは笑顔だった。人々の笑顔のために人生を捧げたい。

病室のベッドの上で真剣にそう思ったんです。生きる希望が、生きる欲望が湧いてきた。

そしたら、不思議なことに生き返っちゃったんですね。生き返ったら俺はとことん仕事をするぞと言っていました。もし幸運にも5年じゃなくて、もっと長く生きられたなら、俺はとことん仕事をして、人々の笑顔のため、そのためにやるぞと思いました。

情報革命はお金のためではないです。地位や名誉のためでもないです。人々の笑顔のために人生を捧げたいと、心の底から思うようになったんです。

この日、孫氏は予定時間の2時間を超えてなお、「ごめんなさい。もう少しいいですか?」と語り続けた。その言葉は「未来の日本を背負う人材」に、どう響いただろうか。

孫正義「就活生よ、君たちはどう生きるか」感動のスピーチを公開

Masayoshi Son, chairman and chief executive officer of SoftBank Corp., reacts as he speaks at SoftBank World 2014 in Tokyo, Japan, on Tuesday, July 15, 2014. As Son pushes for a takeover of T-Mobile US Inc., the Japanese billionaire is asking banks to commit financing for a longer-than-usual amount of time, underscoring the intense regulatory review he faces. Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg *** Local Caption *** Masayoshi Son

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