最愛の妻へ。

スポンサーリンク

こういう会をやるにあたりまして、

何もやらないで、

家族だけでなんてずっと思っていたんです。

でも、特にご近所ですね。

ここ下北沢には40年以上暮らしておりまして、

ご近所の方とか、

「お線香をあげたい」とか、

そんなことを言っていただきました。

それで仕事場でも、

「和枝ちゃんの何かやるの」と言ってくださる方もいて、

やらせていただきました。

一昨年の8月に、

人間ドックで和枝ちゃんだけ、

ある数値が上がりまして、調べたら、

骨に全身に真っ黒ながんができちゃって。

その時点でステージ4でした。

亡くなったのが去年の10月27日で1年と2カ月。

和枝ちゃんはもとより、

家族全員で病気と闘ったわけですが、

残念ながらこういうことになりました。

原発不明がんという、

非常に面倒ながんで、どこかに元のがんがある。

ところが、

その元のがんが分からないという、

やっかいな病気でした。

残念ですね。64歳でしたから。

もっと若くして

亡くなられている方もたくさんいるわけで、

何とか寿命だったと考えたい

と思っているんですけど。

不条理な感じは否めません。

話せばいくらでも話せるんですけど…。

和枝ちゃんと初めて知り合ったのは

21歳とか22歳でしたかね。

さっきも、

皆さんが「かわいい、かわいい」と言ってくれまして。

ありがたいなと思っています。

多分、僕が1番、かわいいと思ったんだと思います。

一目ぼれでしたから。

その人と一緒になれて…。

子どもが3人できました。

親の口から言うのも何ですけど、

3人ともとってもいい子供たちです。

思いやりのある、いい子どもたちです。

僕と和枝ちゃんは、

結婚前から毎日、喫茶店に行きました。

僕と和枝ちゃんのルーティンになっていまして。

ここ20年近くは犬を飼うようになりまして、

毎朝、喫茶店に行きました。

いろんな話をします。芝居の話が多かったかな。

多い時で2時間くらい、

そこの喫茶店でしゃべっています。

だから、今、何て言うか、

和枝ちゃんと行った喫茶店に行けないんですよね。

何か思い出しちゃって…。

あのー、いい人でした。

とても、正直の上にバカが付くというか、

天然というか、いい人でした。

いつも一緒にいましたから。

本当によく一緒にいました。

そういう意味では、

やり残したことは感じないんですけど、

でも、こういうことになるとは思わなかったんで。

考えもしなかった。

こういうことは人ごとではあったんですけど、

自分の仲間にあっても…。

今は、毎日毎日、覚めない夢の中にいるようです。

フワフワした感じで。

でも、芝居があるんですね。

自分は芝居が好きなんですね。

それで、自分(の家)の下に劇団の稽古場がありまして、

1度、外に出ないと稽古場に行けない。

そこにいると、劇団の子たちがいて芝居をしています。

一生懸命にご飯を食べるようにしています。

毎日、一生懸命に寝るようにもしています。

この悲しみは、生きている限りは、

ずっと悲しいというかな、何だろう…。

どこかに(和枝さんが)いる感じで、

何か泣けない感じもあるんです。泣きますけど…。

この(祭壇の)写真は

ご近所の(写真家)浅井慎平さんが

僕と和枝ちゃんと犬で散歩をして、

喫茶店にいたら通りすがりで、

パシャパシャと4枚くらい撮った写真です。

和枝ちゃんは、これから年をとらないんですよね。

僕や子供たちは、年をとっていくわけです。

64歳は本当に若いです。

でも、この悲しみを、悲しみっていう言葉より何だろう…、

不条理…、いなくなっちゃったという感じで。

悲しい、さみしい、不条理なんだけど、

そういったものを糧にして、生きていくんだと思います。

それと、今日、この場所で、

こういう会が開かれたのは、

とてもうれしいと思っています。

和枝ちゃんも、ものすごく、

40何年も住んだここで。

幸せな人生だったと思います。

― 女優 角替和枝さんの「お別れの会」にて。夫 柄本明のあいさつより

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存