書道家、武田双雲の言葉 part2

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(1)

『伝える』ということは書でもTVでも大変難しく、TVの舞台裏では多くのスタッフが視聴者のことを必死に考えています。私も、そうした中で自分が今できることを、ひたすらやります

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ビジネス的に言うと一回の出演料がいくらで、その中に作品も含まれるということになります。題字やロゴの仕事も同じです

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パフォーマンスの際の作品は、依頼主やスポンサーの方々のご希望に沿って差し上げています。作品をここ(事務所)に置くには、あまりに巨大ですしね

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創作は一点集中ですが、パフォーマンスでは時間や空間、お客さんなど全体を意識します。またパフォーマンスの書は、いきなりドーンという感じで、終わってみると勢いがグッと詰まっています。

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本気で伝えたい、表現したいと思えば、自然と、その人の独特の表現が生まれるものと思います

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途中経過が異なれば、百者百様の表現が生まれるのは当然です

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生まれながらの芸術家という人はいません。誰でも何らかの形でビジネスをしたり、いろいろな経験を積んでいます

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書も同じような側面があり、その書が、どういった時代に、どれだけの人に影響を与えたかが重要となります。つまり書いた人の人間力が問われているということで、逆にいえば、良い書を書くには、結局、人間力が必要です

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『名言』は、考えてみるとすごく当たり前のことだったりします。それをあのOOOが言ったとなると俄然重みが変わってきます

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書は特に、昔の作品の方が評価される傾向があります。更に誰が書いたかということが重要視されます

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複製品の価格は、いくらにすれば、皆さんに広まるか…といったことをしっかり相談しながら設定しました

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私の場合は、創作の作品はすべて手元に置いていて、売ろうという考えは今のところありません。ただ、作品がもととなる書籍の印税や複製(最新の印刷技術を用いた)の販売による収入があります

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よくお金のことを考えないで・・・ということがありますが、お金というものは、世界で唯一、自由に交換できて共通に利用できる指標で、人や社会と切っても切れない関係にあります。ですからお金のことを考えることは、寧ろ、人間や社会を大切に見ることではないでしょうか

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伝えたいものがあって、その手段が書で、創作もパフォーマンス書道もそういった表現方法の一つに過ぎません。あくまでも伝えることが目的です。評価されたいというのが私の野心かもしれません

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兆しが見えていてそれを形に表現していく彫刻のようなものかもしれません

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