宇宙の漆黒の闇のなかを
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ひっそりまわる水の星
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まわりには仲間もなく親戚もなく
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まるで孤独な星なんだ
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生れてこのかた
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なにに一番驚いたかと言えば
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水一滴もこぼさずに廻る地球を
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外からパチリと写した一枚の写真
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こういうところに棲んでいましたか
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これを見なかった昔のひとは
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線引きできるほどの意識の差が出る筈なのに
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みんなわりあいぼんやりとしている
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太陽からの距離がほどほどで
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それで水がたっぷりと渦まくのであるらしい
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中は火の玉だっていうのに
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ありえない不思議 蒼い星
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すさまじい洪水の記憶が残り
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ノアの箱船の伝説が生まれたのだろうけれど
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善良な者たちだけが選ばれて積まれた船であったのに
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子子孫孫のていたらくを見れば この言い伝えもいたって怪しい
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軌道を逸れることもなく いまだ死の星にもならず
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いのちの豊穣を抱えながら
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どこかさびしげな 水の星
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極小の一分子でもある人間が ゆえなくさびしいのもあたりまえで
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あたりまえすぎることは言わないほうがいいのでしょう
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茨木のり子(いばらぎ のりこ、1926年(大正15年)6月12日 – 2006年(平成18年)2月17日)、日本の詩人、エッセイスト、童話作家、脚本家。主な詩集に、『見えない配達夫』『鎮魂歌』『自分の感受性くらい』『倚(よ)りかからず』など。戦時下の女性の青春を描いた代表作の詩「わたしが一番きれいだったとき」(1958年刊行の第二詩集『見えない配達夫』収録)は、多数の国語教科書に掲載されている。
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