受けた恩は、その人に返せないのが世の常らしい。親孝行ひとつを取ってみてもそれはわかる。作家 伊集院静の言葉

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(1)

どうして人をいじめたり、

平気で苦しめたりする者がいるのか。

それはボクたちの身体の中に

何ものにもかえられない

素晴らしいものがあるのを忘れているからだ。

(2)

価値ある生き方をしている大人はいるのか。

誇るべき生き方はあるのか。

私は断言する。

そういう生き方をしている

大人はいるし、生き方はある。

今の君たちの目に見えないだけだ。

その人たちも、君と同じ年頃、

見えない明日を懸命に探り、

一人で歩いていたんだ。

(3)

空は快晴だけじゃない。

こころまで濡らす雨の日も、

うつむき歩く風の日も、雪の日だってある。

実はそのつらく苦しい日々が君を強くするんだ。

苦境から逃げるな。

自分とむき合え。

強い精神を培え。そこに人間の真価はある。

(4)

成人を祝うなんて古い習慣

と思うかもしれないが、そうじゃない。

世の中には二十歳を迎えられなかった若者が大勢いる。

ほとんどの人は無事に生涯を送ることができない。

それが私たちの生だ。

(5)

大人って何だ?

大人とは、一人できちんと歩き、

自分と、自分以外の人にちゃんと目をむけ、

いつでも他人に

手を差しのべられる力と愛情を持つ人だ。

(6)

そんなものはもう古い?

古くて結構。ここ十年(いやもっとか)、

新しいものでまともなものがひとつでもあったのか。

新しいものはすべてクズだったではないか。

(7)

戦場では今日も若者が死に、

テロは繰り返され、近所でおぞましい事件が続く。

金が儲かるなら何をしてもいいと嘯く輩がいる。

金がすべてなら君達が子供の時に読んだり、聞いたりした絵本や、

詩や、音楽は世の中にはいらなくなる。

これまで君の目はたしかなものを見てきたはずだ。

(8)

己以外の、誰かの、

何かのために懸命に、生き抜くことだ。

そうすれば君に見えてくる。

世の中が、人間の生が、

いかに哀しみであふれていることか。

それらの哀しみを平然と受けとめ、

どんな時にも、君は、そこに、

スクッと立っている人であって欲しい。

(9)

まぶしい自分になることも、

美しい日本語が話せるようになるまでも、

良き友を得ることも、信念を発見することも、

一年、二年じゃできやしない。

いいものは時間がかかる。

見てくれで人を判断するな。

金で価値判断をするな。

すぐに手に入るものは砂のようにこぼれる。

本物を手にするのは苦しいぞ。

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(10)

道に迷ったら元の場所に帰るのだ。

初心にかえろう。

皆がしてきたことをやるのだ。汗をかこう。

懸命に働くのだ。

これを君たち若者がダサイと思うなら、

君たちは間違っている。

真の仕事というものは懸命に働くことで、

自分以外の誰かがゆたかになることだ。

汗した手は幸福を運んでいるのだ。

(11)

自分の弱みを何でもさらけだせる相手だって?

そんなもの友とは呼ばんよ。

君は相手が自分に手を差しのべてくれることが

友情と勘違いしてるよ。

友情というのはそんな薄っぺらなものじゃないよ。

もっと緊張感があるものだ。

(12)

人から受けた恩は、

その人には返せないのが世の中の常らしい。

親孝行ひとつを取ってみてもそれはわかる。

親の最後の、最大の教えは、

親が亡くなることで

子供が人生を学ぶことでもあるという。

(13)

電車に乗るたびに、

一人車窓を眺めている人を見かけると、

できることならこころ踊る電車行であって欲しいと思う。

私が車輌の中で静かにするのをこころがけるのは、

そこに哀しみの帰省をする人がいるはずだと思うからだ。

(14)

歌が欲しいという人がいれば、

君が率先して歌えばいい。

下手でもかまわない。

懸命に歌うことが肝心なのだ。

(15)

なぜ軟弱なのか?

それは連るむからである。

一人で歩かないからである。

孤となり得ないからである。

連るむとは何か?

時間があれば携帯電話の着信を見ることである。

マスコミがこうだと言えば、そうなのかと信じることである。

全体が流れ出す方に身をまかせることである。

伊集院静(いじゅういん しずか、1950年〈昭和25年〉2月9日 – 2023年(令和5年)11月24日)、日本の作家、作詞家。伊集院静は作家としてのペンネームである。作詞家としての筆名は伊達歩(だて あゆみ)。2016年、紫綬褒章受章。



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