われわれを救うものは、理性よりもむしろ多忙である。芥川龍之介の言葉

スポンサーリンク

(1)

阿呆はいつも

彼以外のものを

阿呆であると信じている。

(2)

われわれを

恋愛から救うものは、

理性よりもむしろ多忙である。

(3)

懐疑主義者も

ひとつの信念の上に、

疑うことを疑わぬ

という信念の上に立つものである。

(4)

周囲は醜い。

自己も醜い。

そしてそれを目のあたりに見て

生きるのは苦しい。

(5)

私は不幸にも知っている。

時には嘘によるほかは

語られぬ真実もあることを。

(6)

あらゆる社交は

おのずから虚偽を

必要とするものである。

(7)

他を嘲(あざけ)るものは

同時にまた他に嘲られることを

恐れるものである。

(8)

わたしは二三の友だちには

たとい真実を言わないにもせよ、

嘘をついたことは一度もなかった。

彼等もまた嘘をつかなかったら。

(9)

好人物は何よりも先に、

天上の神に似たものである。

第一に、歓喜を語るに良い。

第二に、不平を訴えるのに良い。

第三に、いてもいなくても良い。

スポンサーリンク

(10)

人生は一箱のマッチに似ている。

重大に扱うのはばかばかしい。

重大に扱わねば危険である。

(11)

あなた方のお母さんを慈しみ愛しなさい。

でもその母への愛ゆえに、

自分の意志を曲げてはいけない。

そうすることが後に、

あなた方のお母さんを

幸せにすることなのだから。

(12)

我々に武器を執らしめるものは、

いつも敵に対する恐怖である。

しかもしばしば

実在しない架空の敵に対する恐怖である。

(13)

正義は武器に似たものである。

武器は金を出しさえすれば、

敵にも味方にも買われるであろう。

正義も理屈さえつけさえすれば、

敵にも味方にも買われるものである。

(14)

げに人間の心こそ、

無明の闇も異らね、

ただ煩悩の火と燃えて、

消ゆるばかりぞ命なる。

(15)

人生は

地獄よりも地獄的である。

芥川龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892年〈明治25年〉3月1日 – 1927年〈昭和2年〉7月24日)、日本の小説家。号は澄江堂主人(ちょうこうどうしゅじん)、俳号は我鬼(がき)。東京出身。『鼻』、『羅生門』、『地獄変』、『歯車』などで知られる。


スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存