置かれた場所で咲きなさい。渡辺和子シスターが残した言葉

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(1)

置かれた場所で咲くという気持ちを忘れず、

自分が今できることを一生懸命励みましょう。

(2)

ほほえむことを忘れた人たちに、

ほほえみを惜しまずに与えましょう。

(3)

ほほえみには、

私たちの心の中にある目には見えない愛を、

目に見える形にして相手に伝える

コミュニケーションの役割があるといえます。

(4)

私たち大人がまず、

自分の「したい性」を抑えて、

主体性を身につけてゆかないといけないのでしょう。

人は、自分が持っていないものを

他人に与えることはできないからです。

(5)

人間はとかく、

追いつめられると、目先の善に走りがちです。

だから私たちは常日頃、心にゆとりを持ち、

物事に優先順位をつけながら

生きてゆく判断と意志の訓練をすることが大切なのです。

(6)

今、子どもたちの主体性を重んじる教育ということがよくいわれていますが、

現実には、「したい性」が伸び放題になってはいないでしょうか。

子どもたちが真に自由になるためには、

したいことを我慢し、または自分に「待った」をかけて、

しなければならないことを先にする

“もう一人の自分”を育ててゆくことが大切なのです。

(7)

子どもたちをしっかり抱きしめて、

基本的信頼を持たせるようにしましょう。

そうすれば、

大きくなって厳しい現実に直面し、人間の弱さに

否が応でも触れざるを得なくなった時も、

絶望することなく、

98パーセントの信頼と、2パーセントの許しの余地を持って、

たくましく、優しく生きてゆくことができるでしょうから。

(8)

信じるということは大切なこと、美しいことですけれども、

悲しいことに人間の世界に“完全な”信頼はあり得ません。

信じることを教えるのも教育なら、人を疑うことの必要性、

単純に物事を信じてしまってはいけないことを教えるのも

教育の1つの役割なのです。

それは、

神でない人間は、他人も自分も皆、弱さを持ち、

間違うことがあるのだという事実に目を開かせ、

許しの大切さを教えることでもあります。

(9)

結婚式当日の2人の幸せは輝くばかりのものだろうが、

その後に続く日々は

決してその連続ではなく、平々凡々たるものだろう。

その中で幸せになるということは、小さくてもいい、

「ああ、幸せ」と思える機会をふやすことにかかっている。

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(10)

人間の一生の間に、

大きな幸せと呼べるものは

数える程しかないものです。

(11)

ほほえみには、

マジックのような力があります。

与えられた人を豊かにしながら、

与える人は何も失わない

― それがほほえみなのです。

(12)

「今」をたいせつにして生きないと、

花は開かない。

(13)

「今」をいい加減に生きると、

次の瞬間もいい加減なものとなり、

いい加減な一生しか

送れないことになってしまうのかも知れない。

(14)

「今」という瞬間を意識して生きたいと思う。

「今の心」と書くと

「念」という字になると気づいた時、

「念ずれば花開く」という言葉の意味が

わかるように思ったものです。

(15)

遠い国々で苦しんでいる人々、

見たことも聞いたこともないところで、

今日、私の小さな祈りと、

痛む愛を必要としている人々のために、

「今」という時間に愛をこめて生きることができたら、

その人の幸せは、もっと大きくなることでしょう。


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