みじめな思い出が、人生で貴重な財産となる時もある。小説家 五木寛之の言葉

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(1)

 

人間は誰でも自分が一番大切なのです。

そして、

そのことを本当に自覚した人間だけが、

他人を大切に思うことができるのです。

 

 

(2)

 

楽しいことは長続きする。

好きなことは長続きする。

気持ちのいいことは長続きする。

そうでないことは、

どんなに強制されても結局は続かない。

 

 

(3)

 

愛に生きる男がいても

一向におかしくないように、

義に生きる女がいて悪い理由がない。

 

 

(4)

 

私たちは、よろこびをもって生きたい。

それを待っているだけではなく、

自分からさがし出すことに

慣れなければならない。

どんなにつまらないことであってもいい、

それをきょう一日の

収穫として大事にしたい。

 

 

(5)

 

どれほど努力しても

失敗ばかりする時期もある。

 

 

(6)

 

みじめな思い出が、

人生で貴重な財産となるときもある。

 

 

(7)

 

僕は、

持続するということに

一つの価値を見出しているんです。

愚かしいことでも

持続することが大事だと思っている。

 

 

(8)

 

人間はまだ立ち上がれると

余力と気力があるときに励まされると、

再び強く立ち上げることができます。

ところが、

もう立ち上がれない、

自分はもうだめだと

覚悟してしまった人間には、

励ましの言葉など上滑りしてゆくだけです。

 

 

(9)

 

私自身は、

さんざん苦労して

いろんな目に遭って生きてきたのだから、

「疲れたけれど、これで休めるか」

というようなホッとする気持ちで

死に臨めればいいな、と考えています。

 

 

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(10)

 

しっかりと悲しみを確認しない限り

人は悲しみを引きずって

生きなければならない。

悲しみを声に出さないで

無理をして

明るい笑顔をつくろうとするから

本当の鬱になるのです。

見も世もあらぬと

身をよじって泣きじゃくるということを

大事にしなければいけない。

 

 

(11)

 

尊敬する先輩たちの書かれた本は

読んでも身につかず、

飯を食ったり、雑談として

聞かされた話ばかりが記憶に残っている。

こういう知識を耳学問といって、

何となく馬鹿にする感じがある。

しかし、

仏教には「面授」という言葉があって、

肉声を聞くことは大事にされてきた。

 

 

(12)

 

なにもやらなくてもよい、

失敗した人生であってもよい、

それはそれで、

人間として生まれてきて、

そして人間として死んでいく、

そのことにおいて、

まず存在に価値があるのだ。

 

 

(13)

 

大事なことは何か。

なにごとによらず、

一つずつの行為を

十分にあじわいながら、

その一瞬を大切に過ごすこと。

 

 

(14)

 

証明することができない事柄を

信用しない人がいる。

科学的でない、という理由からだ。

しかし、

私たちは科学だけで

生きているわけではないし、

市場原理だけで暮らしているわけでもない。

 

 

(15)

 

「人間には無限の可能性がある」

というような言い方には、

どこか嘘があると思う。

人間にはできることと、

そして、できないことがある。

 

五木寛之(いつき ひろゆき、1932年〈昭和7年〉9月30日 – )、日本の小説家・随筆家。日本芸術院会員。少年期に朝鮮半島から引揚げ、早稲田大学露文科中退。作詞家を経て『さらばモスクワ愚連隊』でデビュー。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。反体制的な主人公の放浪的な生き方(デラシネ)や現代に生きる青年のニヒリズムを描いて、若者を中心に幅広い層にブームを巻き起こした。その後も『青春の門』をはじめベストセラーを多数発表。1990年代以降は『大河の一滴』など仏教、特に浄土思想に関心を寄せた著作も多い。

 



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